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時事

想定外について



小生の親族は、年に2〜3回は集まって、飲み会を開き、お互いの近況を話したり、交流を深めたりする間柄で、とても楽しいひとときを昨日も過ごすことができました。

やはりこの歳になると話題はどうしても、「いかにボケずに老化でき、死ねるか」ということです。(笑)

ここに集まった親族もすべて親の介護を終えた人達ばかりなので、苦労も知っていますので、子供にはあまり迷惑をかけたくないという思いが伝わってきました。

ところで、話は変わりますが、また昨日の続きでどうしても書いておきたいと思うことが残っておりましたので、少々?書かせていただきます。

原発事故が「想定外」だったということでしたが、この「想定外」についてさらに考えてみたいと思います。

今となれば当たり前のことではありますが、想定外というのは、「あのような大災害が来るはずがない」、「原発の大事故は起こるはずがない」ということで、「起こってしまった」場合の想定がなかったのだと思います。

そのような想定で原発は作られてきましたし、事故後のことも考えておりませんでした。

残念ながら、事故後の今でも小生が感じるには「必ず起こりうる」という前提で、「事故後のこと」までのことが考えられているかと言えば、残念ながら、まるで以前と変わっていないのではないかということです。

「安全を確保して推進していく」というのは、今迄も言われてきましたし、その安全神話が崩れたのにもかかわらず、推進していくのですから・・・。

とすれば、また悲惨な原発(核燃)事故、放射能被害を繰り返すことになると言わざるをえないのではないでしょうか。

それでは、なぜ日本人はここまで危機を危機と思わない平和ボケ状態に陥ってしまったのでしょうか。

それは、小生が思うには、今の日本人の発想において「戦争」ということを「想定の範囲から外している」からだと思っています。

もし、戦争があり得る、戦争が起こったらという前提で物事を考えたら、原発にしてもどんどん作ったら、それを攻撃されたら終わりだと考えるでありましょうし、攻撃された場合、どうするかという放射能被害のことも真剣に考えるでしょう。

それがないために、日本人のほとんど多くの人は放射能から身を守るすべを考えたこともないかと思います。外国では、そういう前提で物事を考えているはずです。それゆえ、米国のように「トモダチ作戦」のように、すぐに軍隊が出動して対処します。

前にも書いたかもしれませんが、チェルノブイリの事故が起こった時、日本の味噌がヨーロッパへの輸出が増えて、普段の4倍もの売上を記録したそうでした。それは、長崎原爆の際、爆心地から数キロしか離れていなかった病院の秋月辰一郎医師がとった味噌や塩、ワカメ、玄米を食し、砂糖などは絶対に摂らないという適切な対応したことにより、関係者の中で原爆症にかかった人がなかったということを外国人がよく知っているからで、日本ではほとんどそのことを知りません。

戦争はないほうがいいに決まっています。平和が一番です。それは人間誰しもが願うことであります。しかし、戦争が起こるかもしれないということは想定外にしてはいけないと思っています。

日本はそうは思ってはいないかもしれませんが、外交も国の国益がかかった「静かなる戦争」であり、TPPしかり、尖閣問題しかし、靖国問題しかり、その他ほとんどが「静かなる戦争」という視点を外して、それらを考えていたとしたら、小生はまるで実態からは離れた考えになってしまうように思います。

チベットを侵略した中国が自分のことを棚にあげ、日本を侵略者だと言って、尖閣問題や靖国参拝などいろいろと難癖をつけています。それらはすべて日本侵略のための「静かなる戦争」の一環の一つです。

中国の最終目的は、「日本を共産化し、天皇陛下を処刑すること」だということを日本人は頭に入れておかなければなりません。これは侵略を受けたチベットの当事者が書いた本 に書かれていることです。共産主義の本質として、このことはしっかりと胸に刻む必要があります。

その本には、なぜチベットが侵略を受けたのかについて、「平和ボケだった・・・」と書かれています。

日本が好むと好まざるにかかわらず、想定するかしないにかかわらず、日本はいろいろな戦争を日常的に仕掛けられているというのが現実です。

万一、想定していなかった戦争が起こってしまったら、地震の場合と違って「想定外でした」で済まされることではありません。故事にも「治に居て乱を忘れず」という言葉もあります。

なぜ日本に対し、内政干渉とも言える「靖国参拝」に難癖をつけるのでしょうか?

それは、日本人に愛国心を持たれることが彼等にとって非常に都合が悪いからです。愛国心を持たれると愛する国を守ろうとする意識につながるからです。そういう意識を持たれると侵略がしにくくなるからです。

侵略まで行かないとしても、そのことで自分が外交的に優位に立とうとしていることだけは間違いがありません。有りもしないでっち上げも含めてです。戦争に勝利するには、「兵は詭道なり」ですから、手段を選びませんので、でっち上げも静かなる戦争戦略の一環のということです。南京虐殺しかり、慰安婦問題しかり、教科書問題しかり、その他もろもろです。

ですから、日本の残虐性をでっち上げ、自虐史観を強要し、反日攻撃を仕掛けるのです。

憲法問題もいろいろと議論があるかと思います。小生は平和を望んでいるからこそ、他国からの侵略を思いとどまらせるだけの最低限の自衛力と国民の愛国心の保持は必要だと考えます。

ただし、現実には、安保条約という日本を従属的に縛るものからの脱却を図り、対等な地位の同盟になる努力をしながら、同時に日本の民主主義の成熟を図り、憲法改正を行っていくことは必要なことです。

それには政治家や官僚勿論のこと、国民も「戦争」を「想定外にしない」発想が必要だと考えます。万一、戦争が起こった場合のことも考えたら、危険極まりない原発や核燃の停止と廃棄物のもっともっと安全な管理や避難、万一の対処のことも根本的に考え直さなければならなのではないでしょうか。

戦争はいけませんが、それを想定外にしてしまうこともまたいけないだと思います。

また長々と書いてしまいました。お読み下さり、誠にありがとうございます。
 
 
  • 2014.01.05 Sunday
  • 15:57

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